受賞企業・事業レポート

株式会社堀場製作所 エンジン計測システム機器事業

2005年度 第05回ポーター賞受賞 測定・分析機器製造業

エンジン計測システム機器に特化することで、同セグメントに最適なシステムを提供。機器から実験室のシステム全般へと事業の高付加価値化に成功

業界背景・企業概況

 環境計測器市場は、その顧客が公的機関であることが多く、予算に限界があることから、一般的に、収益性が低い。また、慢性的に激しい競争状態にある。しかし、エンジン計測器システム市場は、その中において、恵まれた業界構造を有している。頻繁に更新され、同時に年々厳しくなる排気ガス規制に対応するために必要であるばかりでなく、ハイブリッドやディーゼルなどを始めとして、排気ガスの少ないエンジンを開発することは、堀場の顧客であるメーカーにとって競争上重要な差別化要因になっているからである。
 堀場は、エンジンからの排気ガスについて様々な測定と実験を可能にするターンキー・システムを提供しており、自動車のエンジン計測システム機器において、世界シェア80%と圧倒的な強さを誇る。同社のエンジン計測システム機器は、世界の環境規制の動向の先行指標とみなされている米国環境保護庁(EPA)を始め、排気ガス規制を担当する世界の公的機関、主だった自動車メーカー、バイクメーカー、エンジンメーカーのほとんどにおいて採用されている。また、自動車修理工場や車検を行うガソリンスタンドなどの排気ガス計測器には、堀場の排気ガス測定装置が搭載されている。
 堀場が世界シェア80%という圧倒的な強さを確立した中、現存する主な競合は、オーストリアのAVL社である。エンジンメーカーであるAVL社の強みは、排気ガスに限らずエンジン開発に関わる全ての測定システム機器を供給できる点にある。しかし、排気ガス測定の分野においては、堀場に競争優位があることは、世界市場シェアが明確に示している。また、一般測定器分野から新規参入を図った競合も現れたが、数年で撤退してしまった。

ユニークな価値提供

 堀場はエンジン計測システム機器に特化し、世界市場シェア8割を顧客としているため、顧客が自社開発するよりも、安くて高性能なエンジン計測システム機器を提供することができる。同時に、堀場は、顧客の要望に応じてシステムをカスタマイズするので、顧客は、社内で開発したのと同様に自社にあったシステム機器を得ることができる。一般的な計測機器を排気ガス測定に転用しようとする他の供給業者と比較した場合、堀場のエンジン計測システム機器事業部はエンジンの排気ガス計測に特化しているので、競合よりも徹底した顧客ニーズへの対応が可能である。
 堀場は、排気ガスに関する様々な実験を自動で行うことを可能にする、ターンキー・システムを提供している。その結果、顧客は従来5人必要であったオペレーターを、1人に減らすことができ、より信頼性の高い実験を、より頻繁に行うことができるようになり、開発効率を改善することができる。
堀場は、一つの測定機器システムの単位であるテストセルのオートメーションに留まらず、複数のテストセルをソフトウエアで管理するファシリティ管理へと、提供するサービスの範囲を広げている。なるべく多くの活動をシステム内に取り込み、顧客からアウトソーシングされる分野を増やすことによって、高付加価値化と事業の成長を同時に追及している。顧客にとっては、より多くの活動を堀場にアウトソースすることで、開発効率のさらなる改善を進めることができる。
 堀場の顧客である自動車メーカー、オートバイメーカー、エンジンメーカーはグローバルに事業を展開しており、開発プロセスのグローバルな共通化やデータの共有、世界中どこで使用しても同じ性能(同じ測定結果)を求めている。同時に、排気ガス規制は国によって異なり、規制に応じたサンプリング手法(分析計に排気ガスを導入する前処理)やデータ採取機能が求められる。また、顧客ごとの開発方針や開発アプローチの違いもある。堀場は、ハードウエアの標準化と、日米欧の開発拠点による共同作業によって、世界統一仕様のシステムを提供することができる。その結果、顧客は、世界戦略に則した高効率な製品開発プロセスと、高品質な計測ハードウエアから生み出される高信頼データを、顧客のグローバルネットワーク上で供することができる。同時に堀場は、地域や顧客によって異なるニーズに対しては、現地に配備したエンジニアリング力によって、ローカルにシステムをカスタマイズし、設計、生産、据付まで完結することができる。
 機器単体でなくシステムの提供、ローカルなエンジニアリング力に支えられたカスタマイゼーションによって、付加価値が高まり、価格プレミアムに結びついている。

独自のバリューチェーン

 堀場のバリューチェーンの特徴は、製品企画、開発設計・エンジニアリング、自動化システム、販売・マーケティングと、機能ごとに、バーチャル・ヘッドクォーター(以下、VHQ)が組織されている点にある。VHQは、グローバルな連結ベースでの最適解を念頭に、グローバル標準化とローカルカスタマイゼーションの区別を行う。

製品企画
 日米欧で活動するインターナショナルなメンバーから形成されるVHQであるグローバル・プロダクト・プラニング・グループにより、何が世界共通仕様の製品、システムであるべきか、何がローカル対応をするべきかを決める。分析計の性能やデータのグローバル共有など、顧客が普遍的に要求する価値はグローバル・コンテンツと定義され、各国の規制の違いや地域の顧客に特有なニーズはローカル・コンテンツと定義される。その結果、たとえば、分析計システム(ガス分析計が全体を統合するソフトウエアによってまとめられたシステムで19インチのラックに収納されている)はグローバル・コンテンツとして標準化され、サンプルハンドリング・システムとオートメーションシステム(装置群を自動で運転するためのソフトウエアシステム)はローカル・コンテンツと定義された。

製品開発
 日本は分析計のコアシステム、米国はサンプリングシステム、欧州はオートメーションシステムと、それぞれ異なった技術分野に強みをもつ技術センターを日米欧に有している。VHQによってグローバル・コンテンツと定義された開発は、VHQの指示の下、その技術に応じてこれら技術センターの一つが担当する。
 VHQによってローカル・コンテンツと定義された開発については、各国において設計、生産、据付を担当する。ローカルな活動は顧客に近い上に、独立性が高いので、短時間で開発から据付を行うことができる。

製造
 金額ベースで70%を生産協力会社に生産委託し、自社で行うのは分析計の心臓部であるセンサーの生産や出荷前の調整、検査といった高付加価値活動に限定している。生産の外部委託は、納期短縮と需要変動への柔軟な対応を可能にしている。

販売・マーケティング
 堀場は、世界の環境保護規制当局に測定システム機器を納入していることによって、世界から規制の動向に関する情報を得ることができる。これは、堀場に特異な情報収集力である。
 堀場は、海外市場は当初から直販体制であったが、国内市場については、商社を販売ルートにしていた。それは、計測機器市場は顧客の裾野が広く、商社や地域の特約店を販売ルートにするのが一般的であること、堀場の企業方針として、製造や営業などの非コア活動はアウトソーシングするという方針があったためである。しかし、当該事業部は、主要顧客数が限られていて与信管理などの負担も少ないことから、国内市場を2002年4月より直販化した。その結果、顧客ニーズが直接に把握できるようになり、燃料電池評価システム、排ガス中粒子状物質(PM)計測装置、車載型排ガス計測システムなどのユニークな新製品を立て続けに開発することに成功した。その結果、新製品売上比率は2002年3月期の4.5%から2005年3月期の7.8%に改善した。

アフターセールス・サービス
 顧客の組織内にサービスマンを常駐させ、顧客のサービスエンジニアに対するトレーニングを積極的に行うことで、サービスの質を高めると同時に、ダウンタイムを減らしている。それによって、排気ガス実験設備の稼働率が高まり、顧客の開発期間短縮に貢献している。

人材育成
 バーチャル・ヘッド・クォーターを始めとするグローバルなチームで働くことができる、マルチカルチャーを受容する人材を育成している。グループ従業員のうち53%が外国人であることに加え、海外グループ会社への出向や海外研修プログラムの充実により、海外での長期滞在経験を持つ従業員が本社従業員の10%を超える。

活動間のフィット

 堀場の主要顧客である自動車メーカーは、グローバルに活動すると同時に、各国によって異なる規制に応じなければならない。堀場の活動は、グローバルレベルでの集中化による技術の進化と効率性を得ながらも、ローカルなニーズに対応し、また、顧客ごとにカスタマイズしたシステムを提供することを可能にしている。それは、各国に有するエンジニアリング力、3つのグローバルコアの技術センター、グローバルとローカルを采配するVHQ、それを機能させられる人材を育成する仕組みによって支えられている。
(「活動システム・マップ」を参照ください。)

戦略を可能にしたイノベーション

  • グローバルレベルの効率性とローカル市場への対応の両立を可能にするVHQの仕組み

戦略の一貫性

 堀場がエンジン計測システム機器に取り組み始めたのは、米カリフォルニア州で、ガソリン車から排出される炭化水素と一酸化炭素を規制する自動車汚染規制法が制定された、1962年のころである。当初から堀場は、正確に測れることを重視し、先行他社とは異なった技術を選択した。他社は多成分を同時に測定できるガスクロマトグラフィーを採用していたが、堀場は高速応答性に優れた赤外線方式に経営資源を集中した。この独自技術が、1970年代日本が中古車排ガス規制を実施した際に測定方式として採用され、また、1975年には米国環境保護庁(EPA)への納入につながった。
 同じ頃、自動車開発において重要である排気ガスのサンプリング方式について、米企業から特許を購入し、システム化へ向けて周辺機器の品揃えを増やした。
堀場は、1977年に米インターオートメーション社の一部を買収。それまでは、排気ガス分析装置とその周辺機器というハードウエアのみの提供であったが、ソフト開発力が強化され、自動車やエンジンの開発現場で必要なシステムをフルラインアップで提供できるようになった。このシステムは、顧客の開発プロセスや計測機器のアプリケーションをオートメーション化し、トータルソリューションを提供した。
 80年代には、圧倒的な競争力があった計測機器の更なる改善に加えて、飛躍的に進歩した電子計算機技術を取り込みながら、オートメーション技術を磨いた。当時中心となった顧客は、開発プロセスの中から低付加価値な部分をアウトソーシングする方針を有していた米自動車メーカーであった。
 80年代を通じて、排ガス測定と実験に関するオートメーションシステムが、顧客各社独自に開発されていたが、90年代に入り、堀場のオートメーションシステムを採用した方が、安く優れたシステムが入手可能であることが、世界で認められるようになった。この時期、堀場は、パッケージングを始めとして、ハードウエア機器の世界標準化を進め、グローバルな開発チームによる世界統一仕様のラインアップを実現した。
 2000年以降、世界的な自動車メーカーの再編成が起こり、顧客の開発プロセスがグローバル化し、開発プロセスやデータのグローバルな共有化が求められるようになった。堀場は、ハードウエアの開発を中心としてグローバルな製品開発体制が整っていたので、これに迅速に対応することができた。
 2001年、英独のリーディングカンパニーとオートメーションに特化した合弁企業を設立し、欧州におけるオートメーション技術開発機能を強化した。2005年、堀場は独シェンク社のエンジン性能測定機器部門(ドライビング・テスティング・システム部門)を買収した。同部門は、エンジンの性能やブレーキの性能を測定、開発支援するシステムを提供する。これらとの相乗効果によって、排気ガス性能の開発を支援する能力を増強する計画である。

トレードオフ

  • トータルシステムを提供し、計測部のみの販売をしない。これは、単品で計測機器を購入し、顧客側社内で独自に排気ガス計測システムを独自開発し続けようとする顧客を失うことを意味する。
  • エンジニアリング力の一極集中による効率性を放棄し、ローカルエンジニアリング能力を世界の主要拠点に適切に配備する
  • 一箇所で築かれた既成のシステムを無理にグローバル展開しない。本社のある市場(日本)向けに開発された商品やシステムを基本として海外市場向けに本社で対応することは、ローカライズの作業が顧客から遠いため効率性が悪く、これを行わない。
  • 逆に、全世界を対象に、最大公約数的に顧客要求を妥協した少品種グローバル製品・システムというアプローチも、個別の顧客の立場から見れば十分にニーズに対応することができないので、これを行わない。
  • 全世界で直販にこだわり、商社経由の営業を行わない

収益性

 投下資本利益率は、測定・分析機器業界の平均(中央値)を一貫して上回っており、その差は拡大傾向にある。営業利益率も業界平均より優れている。

活動システム・マップ


※ 競争戦略のダイナミズム

2020年4月に改めてインタビューを行い、受賞した戦略のその後をレポートしました。

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第24回 ポーター賞 応募期間

2023年5月 8日(月)〜 6月 5日(月)
上記応募期間中に応募用紙をお送りください。
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